第59条「蠢動」感想(ジャビン12号収録)追記:エビスの回想より考える、円と黒鳥の心の闇

単行本派の人の事を考えて、できるだけネタバレを抑えているつもりです。しかし以下の文章は第56条「信頼」から第59条「蠢動」までのネタバレを含んでおります。ご注意ください。



約束を
果たせなくてごめんね



結局叶えられなかったけれど
広い庭のある立派な家を
僕は本気で建てるつもりだったんだ



海の見える高台に
最新のシステムキッチンと光のテラス



ママの部屋のクロゼットには
流行りのドレスを絶やさず取り揃えて



いつも病気で苦労してきたママが
これからずっと 幸せに過ごせるように


五嶺にクビにされたエビスは、どうして自分の「力不足」を受け入れることができた*1のでしょうか?その後の展開では、エビスが五嶺のもとへ帰るつもりであることを示唆している描写が、何度も出てきます。このことから、エビスは自分の「力不足」を補って五嶺のもとへと戻る、という希望があったのだと言えそうです*2
このエビスの例のように、大切な人がいるということはとても幸せであると思います。大切な人がいてくれるからこそ、その人のために頑張れるんですよね。


では、大切な人を失ってしまった人たち……円や黒鳥についてはどうでしょうか。彼らにとって大切な人であった「母」を、ふたりとも失っています。彼らは自分の力不足を補っても、もう「母」のもとへ戻ることはできません。
というわけで、今回は「大切な人を失ってしまった」という視点から、円と黒鳥の「心の闇」について考えたいと思います。


黒鳥理緒〔リオ〕の「心の闇」について

黒鳥は2年前*3、悪霊に襲われた「母」を助けようと奔走しました。しかし当時の周りの魔法律家たちは誰も手を貸さず、黒鳥の母は悪霊に殺害されてしまいます。この事件をきっかけとして、黒鳥は協会の人間を憎むようになります。
32条「決意」においては、かつての弟子である我孫子への攻撃も辞さないほどの、激しい怒りの姿勢を見せました。


しかしそれ以前のシーンにおいては、黒鳥は様々な場面で我孫子のことを助けようとしています。
ローカールームのシーンでは、身を挺して我孫子を逃がそうとし*4、ソフィーが念動力で窓ガラスの破片を飛ばしたシーンでは、「物体防壁の術」を使って我孫子を守りました*5
これらの行為は、とても表向きの演技としては片付けられません。


上記から考えると、黒鳥の心には以下の2つの面があると考えられます。

  • 大切な人(母)を奪ったこの世の全てを憎む気持ち
  • 大切な人(我孫子)を守りたい気持ち

この2つの気持ちは、「我孫子」というキーワードによって矛盾した気持ちとなります。前者が黒鳥の本心であれば「我孫子」は憎むべき存在であり、身を挺して守る必要はありません。逆に後者が黒鳥の本心であれば「我孫子」は愛すべき存在であり、殺傷能力のある攻撃をする必要はありません。


では、この矛盾はどこから生まれてくるのでしょうか?私は「大切な人」がキーワードになると考えています。そして黒鳥の心には、3つめの面があるのではないかと。

  • 大切な人(母)を奪ったこの世の全てを憎む気持ち
  • 大切な人(我孫子)を守りたい気持ち
  • 大切な人(母)を守りたかった気持ち

黒鳥の「この世の全てを憎む気持ち」の根底には、「大切な人(母)を守りたかった気持ち」があると思います。
悪霊に襲われた「母」を助けようとした際、黒鳥は大河内執行人やエレナ執行人などの魔法律家の力を借りようと奔走していました。黒鳥は「他者」の力で母を助けようとしたわけです。魔法律の悪霊に対する影響力を考えれば、賢明な判断であると言えます。


しかしあの時、黒鳥にはもう一つの選択肢がありました。自分の力で母を助けようとする、という選択です。黒鳥は魔具を使うことは出来ませんが、身を挺して助けようとすることは出来たのです。
あくまで私は選択肢の一つを提示しているだけであり。そうするべきであった、と言いたいわけではありません。ですがソフィーから我孫子を守ろうとした時の黒鳥の行動を振り返ると、黒鳥自身もこの選択肢に気づいているは「自分の力で母を助けられたのではないか」と悔やんでいるように思えます。


上記から考えると、黒鳥の「この世の全てを憎む気持ち」の根底には

  • 他人から力を借りることが出来ず、母を助けられなかった自分自身
  • 自分の力で母を助けられなかった自分自身

の両方を責める気持ち、つまり「大切な人(母)を助けられなかった自分自身」を責める気持ちがあると考えられます。おそらく、黒鳥自身は気づいてはいないでしょうけれども。


ただ同時に、黒鳥には「大切な人(我孫子)を守りたい気持ち」があります。黒鳥が「大切な人(母)を助けられなかった自分自身」を少なからず受け入れ*6、「力不足」を補って、今度こそ大切な人(我孫子)を守ろうとしている様子が窺えます。


黒鳥自身も、心の矛盾に気づいているように思えます。
32条「決意」の時点では、黒鳥は我孫子に「さよなら」と言いながらも、禁魔法律家になってしまったことを後悔している様子が窺えます。我孫子へ攻撃も、むしろ自身の後悔を打ち消そうとして行っているように見えます。
禁魔法律の契約の問題がありますが、黒鳥自身の気持ちは「この世の全てを憎む気持ち」よりも「大切な人(我孫子)を守りたい気持ち」の方へ大きく傾いているように思えます。
「禁魔法律はなんとかかなるかもしれん*7」というムヒョの言葉に期待して、黒鳥が我孫子のもとへ戻ってくることを願っています。


円宙継〔エンチュー〕の「心の闇」について

円はMLS*8時代、病気の「ママ」を助けるために執行人を目指していました*9。しかし残酷なことに、執行人の選定の前に、円の母は逝去してしまいます。
この時点では選定の結果が出ていないため、円の「母の死」と円の「力」は、まだ完全に繋がっていません。執行人の選定の結果によっては、「母」を助ける力は不足していなかったかもしれない(母が生きているうちには間に合わなかったけれど)、と考えることが出来るはずです。


しかし結果として、円は執行人に選定されませんでした。おそらく円はこのときに、自分は力不足であるという考えを受け入れてしまったのでしょう。母がもし峠を乗り越えていたとしても、自分は執行人、つまり母を助けられる力を持っていないい存在なのだ、と思い込んでいるに違いありません。
作中では、円がムヒョに憎悪を抱いているように描写されています*10。しかし上記のように考えてみると、実は、円が真に憎んでいるのは六氷ではなく「執行人になれなかった円自身」であることがわかります。


円は「母を助けられなかった円自身」を心の奥底で責め続け、その無意識の結果として、きっかけとなってしまった「執行人の選定」に関わる者たちを憎みつづけているのでしょう。
いつか円が自分自身の過去を責めず、母の死を受け入れる日が来ることを願っています。



ねえ 宙継




あなた今




笑ってる?

*1:56条「信頼」p.10

*2:コミックス未収録のネタバレはここまでですー

*3:魔監獄編時点で

*4:第27条「闇の中の虹」p.17-18

*5:第29条「悲しみの始まり」p.9

*6:「受け入れる」ことと「責める」ことは、牧波さんの脳内では正反対の意味を持っています。上手に説明できてなくて申し訳ないです

*7:32条「決意」p.17

*8:Magic Low School:魔法律学

*9:第12条「狂気」p.8

*10:西義之先生がどのように考えておられるのかは分からないのですが;