絶望してる人は見てはいけません

患者の皆さん、あきらめてください

1日目は血液が届いたが、2日目は届かなかった。オーダーしたAB型の血液が不足しているという理由だった。

輸血製剤のオーダーをするとき、患者の年齢や重症度などは報告しない。この老人は95歳だから後回しにされたというわけではない。年齢に関係なく、若者で輸血を必要とする患者のところにも平等に血液が届かないということである。

95歳で死にゆこうとする老人に輸血を行うことに何の意味があるのだろう。昨日の血液が、未来のある若い患者のもとに行き渡ったら、助かる命があったかもしれない。

私は輸血製剤のオーダーを取り消した。そして、家族にそれを話した。

娘は泣き崩れた。

「お願いです。できるだけのことをしてください!」

95歳、認知症で施設に入っていた患者である。もう寿命とは思えないのだろうか。

できるだけの看護をしてくださいというのなら分かる。しかし、できるだけの治療をしなければならないのだろうか。

不足している医療資源を奪ってまで、95歳の老人の命を数日長引かせることに何の意味があるのだろう。

しかし、その家族は自分の親の命を1日でも長引かせることで頭がいっぱいのようだった。

このご家族が特殊なわけではない。

死を受け入れることができない人が増えている。

「老いたら死ぬ」そんなことがこの国では当たり前のことではなくなっている。

老いてもとことんまで治療され、生かされる。自分の意志とは無関係に。

そして、そのために限りある医療費が使われているのだ。


実際には先エントリとは関係ないのだが。
こういう生と死に関する文章を読むたび
「未来ある人間や求められている人間のために俺を死なせてくれ」と思う。


牧波さんのような屑がのうのうと生き延びて周りの人間に迷惑をかけたり、
地球の限りある資源を食いつぶしていくというのは
上で引用した95歳の延命ケース*1よりももっと無駄だ。
臓器血液骨髄眼球その他もろもろ*2、待ち望んで絶望の日々を過ごす人々がこの世にたくさんいるではないか。


そして牧波さんもこれからの人生や社会に絶望を感じている訳で。


牧波さんは死ねてラッキー→ドナーを探していた人もラッキー→みんなニコニコ
これは間違いなく合理的。*3


つーわけで早く死にたいです。
青酸カリで死なせてくれよ厚労省(臓器提供できなくなるじゃねえか)
もしくは交通事故とかで一瞬で死にたい。

*1:この延命の取り止め自体が酷いかどうかはさておき

*2:臓器意外は生きていても出来るけどな

*3:但し間違いなく人身販売が促進するだろうけどな。