私が恋した『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所』に三行り半――を取り下げます。

牧波さんは『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所』(以下、『魔法律』と記す)という作品が大好きでした。
現代日本と近代西欧ファンタジーとを絶妙に織り交ぜた世界観、独特のペンタッチ、あまりにも個性的なキャラクターたち……。牧波さんは『魔法律』の世界を構成する、ほとんどのものに心を奪われていました。
そしてその中で、一番好きだったのが「六氷魔法律事ム所の仕事の姿勢」でした。


魔監獄編以前の六氷魔法律事ム所の仕事内容のほとんどは、(牧波さんなりの言葉で云えば)「想い」のために行われる仕事でした。
5番線ホームのリエとタエコのケース、学生寮管理人である田口キヨミのケース、香矢とクラスメートだったノブオのケース、ノゾミとタカヒロの幼なじみだったユウタのケース、ナナの心霊写真のケース、ドナドナの曲に思い入れがあった京子のケース、夜の蝶の作者である平田残雪のケース……。
ムヒョとロージーは上記のケースにおいて、できるだけ霊や遺された人の気持ちをきちんと汲んでから仕事に取り掛かっていました。ムヒョは不器用ながら・ロージーは実力不足ながらも、最終的には当事者が納得できるように動いていました。
牧波さんはそんな彼らの仕事っぷりが大好きでした。『魔法律』にここまでどっぷりとはまったのも、おそらくこの要素があったからだと思います。


……これより先には、コミックス5巻までの内容に関する記述があります。ネタバレをお好みでない方は、引き返されることをお奨め致します。
またこれより先には、『ムヒョとロージーの魔法律相談事務所』という作品に対しての批判的な記述があります。そういった趣旨の文章がお好みでない方も、引き返されることをお奨め致します。




この度発売された単行本5巻に収録された「赤川団地編」を読み終えて、牧波さんは愕然としました。何故なら「赤川団地編」においてのムヒョとロージーの仕事が、上記で挙げた「想いのために行われる仕事」とは全く正反対の姿勢で行われていたからです。
ロージーはただ五嶺に勝つためだけに動き、ムヒョも魔法律を使って霊を封印しようとするだけ。
おそらくソフィー編の流れで、典型的な少年漫画に成り下がってしまったのでしょう。牧波さんにとっては、とても信じられない展開でした。


「赤川団地編」の概要を整理してみましょう。

  1. 依頼人団地の建設会社。霊が退治できないために、団地を取り壊すことが出来ない。
    • 霊が退治されることによって益を得るのは、依頼人
  2. 霊は元住人。事故で娘を失ったことがきっかけとなって精神が崩壊。
    • 20年前に行われた、半強制的な立ち退きを憎悪していた訳ではない。

つまり赤川団地の霊(=あいちゃんのママ)は、建設会社の立ち退きに反発している訳ではないのに、20年以上も赤川団地に留まり続けて(=建設会社の取り壊し計画にとっての妨げとなって)いるのです。


この理由は、生前のセリフ「――…娘が帰るまで ここにいなきゃなんです お人形沢山作って――*1」から考えることが出来ます。

  1. 赤川団地の霊=あいちゃんのママは「あいちゃん」のことを待っている。
  2. 「あいちゃん」が帰ってくるはずの場所は、家族が暮らしていた家=赤川団地。
  3. 赤川団地=家族が暮らしていた家を取り壊されたら、「あいちゃん」は帰ってこれない。
  4. 「あいちゃん」が帰ってくるはずの場所=赤川団地を奪おうとする人間を、赤川団地の霊=あいちゃんのママは憎んでいる。

もしこの赤川団地のケースに関して、「想いのために」仕事を行うのであれば、あいちゃんのママが「あいちゃんを待っている」という問題にケリをつける必要があるはずです。
しかし、ムヒョとロージーが行っていることは、ただ単に「霊に魔法律を施行する」ことだけです。この結果に得をするのは建設会社だけです。結局あいちゃんのママは苦しんでいるまま、煉獄へ行くことになってしまいます。
これでは結局ムヒョもロージーも「また新しく男でも作って 産めばよかろうに*2」と吐き捨てた五嶺と、本質的には何も違いません。


私は『魔法律』という作品に、こんな展開を期待していませんでした。「誰がより強いのか」などという少年漫画的な展開なんて。『魔法律』という作品がとても好きだったからこそ、とても悔しく、居た堪れない気持ちでいっぱいです。
……もう、この作品について語ることはないでしょう。これ以上『魔法律』を嫌いになりたくもありませんし。一ヵ月半ほどの短い間でしたが、お付き合いいただきありがとうございました。

*1:第41条「人形」p.11

*2:第41条「人形」p.12